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プリンス スカイライン 2000GT S54B 3型
1967
年式
車検
20年8月
走行
106,297km(参考)OH後約15,000km
備考
RHD / 4MT(5MT保管) / 3オーナー / カセットオーディオ
長さ
4230mm
1490mm
高さ
1410mm
重量
1050kg
排気量
1980cc
□■ プリンス スカイライン 2000GT S54B 3型 ■□

1963年、『理想のファミリーカー』という公式キャッチコピーで登場した2代目スカイライン。しかし、1964年に東京新聞が見出しに掲げた『羊の皮をかぶった狼』のほうが印象に残っている方のほうが多いのではないでしょうか。

63年当初、S50型として発売された二代目スカイラインでしたが、同年行われた第一回日本グランプリでは、出走したグロリア、スカイラインともに、トヨタ、日産、いすゞといったライバル企業の前に敗退。やっとベストテンにはいるという結果でした。
辛酸を舐めたプリンス技術陣は、抜本的なエンジン出力の増強が必要と、ボディを前方に20センチ拡大して直列6気筒G7エンジンを搭載。これをS54型として第二回日本グランプリに臨んだのでした。

出走したGTクラスの優勝候補は、ロードゴーイングカーとはいえ、生まれながらの純レースカーであるポルシェ904。レースは開始前から、このポルシェの独壇場とされていました。
ところがいざレースが始まると、スカイラインが互角の戦いを演じたばかりか、一周のみとはいえポルシェを抑えてトップに立つという大活躍。最終的にも国産ライバルを押しのけて総合2位を獲得したのでした。
いまだ国産車は欧州車には太刀打ちできないと言われていた時代。生粋のレースカーにファミリーカーベースが一時でも競り勝ったという事実に、日本のレースファンは大いに沸き立たったのです。いわゆるスカG伝説の始まり、国産グランドツーリングカーの草分けが生まれた瞬間として、いまだに語られる逸話です。

65年には、そのレースカー同様にウェーバー3連キャブを装着、125馬力を発する2000GT(S54B−2)が発表。
その後シングルキャブ仕様の2000GT−Aが発売されたため、3連キャブ仕様の2000GTは『2000GT−B』と改名されました。

今回ご紹介のお車は、この2000GT-B。
66年にフェイスリフトのマイナーチェンジを受けた3型(S54B−3)ですが、2型のグリルを装着し、日本グランプリの雄姿を髣髴とさせる一台です。


□■ 外装 ■□

落ち着いたアイボリーホワイトに、きれいに維持されたメッキパーツが目を引きます。
普段から屋根つきのガレージで保管されており、他のエンスー車とともに大変良好な保管状況。
オーナー様は他にも数台の希少なお車を秘蔵されており、保管状況に不安はありません。

『歴史のある車だけに、あまりぴかぴかに仕上げても味が損なわれてしまう、余程酷くない限りは、塗装の劣化などには手をつけていない』とおっしゃるオーナー様。
経年劣化でひび割れてはがれてしまった塗装などを部分的に補修した以外は、ほぼオリジナルのままとの事。

新車当初から相当大切に保管されてきたようで、リアウィンドウの「プリンス自動車」のステッカーまでひび割れずに残っています。

2型のグリルが目を引きますが、フェイスリフト後の3型のグリルも保管されており、付属品としてお付けいただけるそうです。

純正のタイヤサイズは13インチですが、現在は175/60R14を履いています。


□■ 内装 ■□

内装も非常にきれいな保管状態。
ダッシュボードに小さな傷がある程度で、割れなどはありません。

時計こそ不動となっているものの、そのほかの装備品に不動はありません。
ラジオも使えますが、助手席にカセットオーディオがあるので、アンテナなどの配線はそちらに繋がっています。(アンテナは手動です)

シートは前席、後席ともに割れや破けはなく、こちらも大変良好な保存状況。
写真ではコブラのシートと社外ハンドルが装着されていますが、こちらは取り外させていただきます。
純正のシートとハンドルがありますので、交換の上お引渡しとなります。付属するシートとハンドルは写真にてご確認ください。
純正シートのほうも、特に気になる劣化はみられませんでした。

前後ドアの内装パネル、レギュレータのハンドルなども予備部品をお持ちなので、こちらも付属いたします。

外装同様、内装材のしたのフロアなどにもサビなどの劣化は見られず、そのほかの部分同様、そのコンディションの維持具合は目を見張るものがあります。


□■ 機関・足回り ■□

前オーナーがエンジンなど機関部のオーバーホールを行っており、現状特に不具合はありません。
前オーナーがオーバーホールを行ったあと、2000キロ走行時点で購入。その後6年で13000キロほどの走行ですので、OH後約15000キロ走行とお考えください。

ミッションは本来5速マニュアルとなりますが、3速にギア抜けの症状があり、要修理のためGT−Aの4速マニュアルミッションに交換されています。
5速ミッションも保管されていますので、付属いたします。
なんでも、『修理しようと交換したら、たまにしか動かさないので、フルシンクロ4速のミッションのほうが楽になってしまった』とのことで、そのままになっているのだとか。

排気系では、マフラー、センターマフラーは純正のまま。しかし、タコ足、マニホールドなどはオールステンに交換されています。

足回りでは、サスペンションはフロント・リアともにビルシュタインに交換されています。
すでに部品は手に入らないため、特注で注文生産するしかないそうです。


□■ その他 ■□

日本の自動車史に一章を設けるほどの出来事であった第二回日本グランプリと、その後の日産・プリンス自動車の合併劇。
その立役者となった車種ということで、JCCA(日本クラシックカー協会)のイベントに呼ばれたり、雑誌の特集での掲載履歴もあるお車です。
そういえば、コンディションのよさはご想像いただけるかと思います。

オーナー様も、できればこのまま秘蔵しておきたいとお考えでしたが、ガレージの都合によりやむなく出展されました。
次代に繋げて、大切に維持できる方への継承を希望しておられます。

たまにイベント出るなどされているそうで、若干距離は伸びます。

個人からの出品ですので、消費税はかかりません。
2006年4月より、自動車税の月割返還が廃止されました。そのため、購入者の方は名義変更月以降の自動車税をご負担いただきます。

お車は栃木県南部にあります。
大きなサイズのお写真がこちらからご覧いただけます
画像の表示に時間がかかりますので、ダイアルアップ接続の方は少々お待ちください。

以上の記事内容は、オーナーさんのコメントをもとに作成したものです。
整備履歴、修復歴などに関しては、エンスーの杜で裏づけを取ったものではありません。
 SOLD OUT
   
純正は13インチですが、14インチタイヤを履いています。 下回りにも気になるサビなどは見られません。ビルシュタインのユニットにもいろいろ書き込みがあるのがわかります。
グリル、バンパーなどのメッキパーツも大変きれいな維持状況。
   
コブラシートと、社外ハンドルは純正に交換させていただきます。
  機関のOHを受けていますので、走行距離は参考値とさせていただきます。
純正のシートとハンドル。気になる劣化や表皮の割れ、破けは見られませんでした。 後席も実用十分な居住性。販売時の『理想のファミリーカー』というコピーが思い浮かびます。
写真中央に小さな傷が見えます。割れや破けはありません。 助手席グローブボックスには、プリンス自動車時代のJAF、プリンス自動車の電話番号が!
屋根内装にも、大きな汚れなどは見られません。 GT−B純正の5MT、3型のグリル、ドア内装パネル、ドアレギュレータ、日産プリンス2000GTの取扱説明書のコピーなどが付属します。
トランクにはガソリンタンクが鎮座。  
   
当時のグロリア・スーパー6用に開発された6気筒。3連ウェーバーが雄雄しくみえます。GT−Aのシングルキャブを換装してGT−B仕様とした車も多く現れました。
  「125PS」の表記が誇らしげに見えるのは、気のせいではなさそうです。
 


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